吉川史料館・館長日記
吉川史料館・館長の藤重豊が日頃思うことや歴史などについて書きます。
12 | 2012/01 | 02
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貨幣博物館を訪ねる
             
用件があって上京した。合間に時間ができたので、東京駅近くで時間を過ごすのに、貨幣博物館を観覧することを思いついた。日本橋の日本銀行に隣接したところにある。江戸時代、金座・銀座があったところが日本銀行になったという。日本橋三越百貨店のすぐ裏手に位置している。東京駅から歩いて10分位で行けるので便利である。

 まず入館料が無料なのがよい。展示は2階である。日本貨幣史が要領よく理解できるように展示されている。私などは天正大判や慶長大判の展示してあるケースに引き付けられる。天正大判は、豊臣秀吉が足利将軍家の彫金師であった「後藤家」に命じて作らせた最初の大判という。菱形に五三の桐の極印がうたれている。重さ10両(44.1匁=165.4g)(金含有量70~74%)の金板で、「拾両」「後藤」および花押の墨書きがある。
慶長大判は、関ヶ原合戦のあと、徳川家康が発行した。重量165.4(金含有量68%)という。

展示されている貨幣類は、すべて実物が陳列されているのがすごい。説明文もわかりやすく、写真や地図も豊富で理解し易い工夫が行き届いている。

  気がついたら一時間位が経っていた。図録『新版貨幣博物館』(2007年8月20日新版発行)を購入して外に出た。

  東京駅で2時間位時間があれば、駅周辺にはブリジストン美術館、出光美術館、三井記念美術館、三菱一号館美術館などがあり、これを訪ねるのも楽しい。


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 三井記念美術館を訪ねる
          

この美術館は日本橋の三越百貨店本店に隣接している。いま「三井家伝来 能面と能装束―神と幽玄のかたちー」を催していた。パンフレットに『当館所蔵の重文能面(旧金剛宗家伝来)に、能装束や能の小道具などを「神と幽玄のかたち」という切り口で展示いたします。神の化身としての翁面、荒ぶる神々としての鬼神面、霊界にさまよえる幽霊の面。また、装束や小道具に表された文様の意味などに迫ります。』とある。

 私などは能や狂言を、日常生活のなかで身近に馴染むような環境に住んでこなかったのであるが、日本の文化を理解するには重要なことはわかっている。

 この美術館が所蔵する能面54面が、平成20年に一括して国の重要文化財に指定された。これらの能面は「中世にまで遡る大和猿楽四座の一つ坂戸座の流れを汲んだ金剛流に伝わった能面で、昭和10年に、金剛家右京氏より三井家(北家)の三井八郎右衛門(高公)氏が譲り受けたものである。以来、北三井家の蔵に秘蔵されてきたが、昭和59年に同家より財団法人三井文庫が寄贈を受けた。」という。

 望みうる最高の能面、すなわち金剛流の能面54面が一度に観覧できるのであるから、これほどの幸運はない。いいものを観た。

 初期の能面には能面師が自分の名前を彫ったり、墨書することがなかったようである。面の裏に金泥で名前が書かれているのがあるが、それが何時書かれたものかは検討が必要であろう。

 ところで、もう20年位以前の話になるが、私が錦川上流域の神楽の調査をしていた時に、神楽面の裏に、出目某と墨書してあるのに出くわすことがあった。その彫り師がだれであろうかといろいろ調べたが確定はできなかった。ただ越前から出た彫り師で出目を名乗る一党がいたことは知った。

 今回展示された能面をみると、№11、№13、№35の面の裏には、出目満照作の金泥銘が書かれている。出目系統の初代とされている人物である。中途で放置してしまったあの当時のなぞの解明に、もう一度挑戦してみたい気持ちが燃え立ってくる。



ふくやま美術館「国宝の名刀」展を鑑賞
平成24年1月8日、急に思い立ってふくやま美術館に出かける。展示品は国宝7口、重要文化財6口であった。
 〇国宝               〇重要文化財
  太刀 銘正恒            太刀 銘備州長船兼光 延文三年二月日
  太刀 銘吉房            太刀 銘備前国住長船盛景
  太刀 銘則房            太刀 銘国清
  太刀 銘国宗            刀  無名伝来国光
  短刀 銘国光(名物会津新藤五)    短刀 銘光包
  太刀 銘筑州住左(江雪左文字)   脇差 朱銘貞宗 本阿(花押)(名物朱判貞宗)
  短刀 銘左 筑州住(太閤左文字)
 
 現在、国宝の刀剣は107口が指定されている。その内の7口が一度に見れるのであるから、幸運であった。刀剣に関しては全くの初心者であるが、やはりいい刀はいいなと思う。私が一番関心をもって眺めたのは、「太刀 銘備州長船兼光」であった。身幅が広く、長寸で刃長88.8cmもある大業物だ。これは上杉謙信が愛蔵したものという。

 図録『登録美術品特別展示 国宝の名刀―徳川将軍家ゆかりの刀剣―』を購入して、一階のレストランで読む。このレストランは障害のある方々が働いている。福山市の福祉への姿勢が感じられて好感がもてる。

 ところで、西中国信用金庫に行ったとき、そこにあった広報小冊子『楽しいわが家』(平成23年12月1日発行)に載っていた鈴木一義氏の文章を引用して置きたい。日本刀の見所を、私のような初心者に分り易く解説している。

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世界中にさまざまな刀剣があるが、独特の美しさや強さを持っているのが日本刀である。外観上では、優雅な曲線を描く「そり(そり)」や、菱形断面の刀身中央に現れる鎬(しのぎ)」  
と呼ばれる美しい曲線、さらに変化に富んだ「刃文(はもん)の美がある。

 構造上では、折れず、曲がらず、良く切れるというのが特徴である。折れないというのは、柔らかくてしなりがあるという事。曲がらず、よく切れるというのは、硬くて剛性があるという事であるが、この相反することを両立させているのである。それは、世界の刀剣がほとんど一本の鉄(同じ材質)を鍛えて作るのに対し、日本刀だけが基本的な構造として、炭素分の少ない柔らかい鉄(心鉄)を、炭素分の多い硬い鉄(皮鉄・刃鉄)で包み込む、といった複雑で高度な作り方を行っているからである。

 すなわち、鉄の特性を左右する最も大きな要素が、鉄に含まれる炭素の量である。鉄の中の炭素量が少ないと、鉄を溶かす温度は高く(約1500度)、柔らかく、叩いて伸ばす(鍛造)ことができるが、熱して急冷しても焼き(硬化)が入らず、刀にはできない。逆に炭素量が多過ぎると、容易に溶けるが、鉄は硬く、もろく、叩いて伸ばすことができず、やはり刀にできない。日本刀は「鋼(はがね)」と呼ばれる炭素量が0.3~2%程度の鉄を、部位ごとに折り返し鍛錬し、それを組み合わせることで作られているのである。

 折り返し鍛錬も、日本刀独自の技術で、材料となる鉄を熱して叩き、半分に折り込み、それをくり返すのであるが、その過程で不純物が取り除かれ、均一な炭素量となり、微細な金属組織を持つ鋼が得られる。折り返し鍛錬は、10回折り返せば1024層にもなり、この構造や炭素量の違いが、焼き入れ技術などと相まって、日本刀に反りや刃文の美しさを与え、また折れず、曲がらず、良く切れる、日本刀を実現したのである。(p27)   
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                                       」
 この広報小冊子は、西中国信用金庫に行く毎に置いてあれば、もらって帰る。(毎月1回発行)、この種のものとしてはなかなか楽しく読めて、編集者の見識の高さと堅実さが感じられる。                    

アクセスカウント数が「77」
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ありがとうございます。

館長日記・アクセス77
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これからも精進してゆきます。

吉川史料館館長
藤重豊


仙鳥館が市指定文化財となる
吉川報效会が管理している仙鳥館が、暮れの12月22日に岩国市教育委員会で市指定文化財に指定された。
岩国市文化財保護課が発表した「仙鳥館の概要」があるので、以下に載せておく。

                  仙鳥館の概要

1 種別           有形文化財(建造物)
2 名称及び員数       仙鳥館  1棟
3 規模           220.35㎡(1階174.81㎡、2階45.54㎡)
4 所在の場所        岩国市横山3丁目391-13
5 所有者の名称及び住所   吉川報效会 岩国市横山2丁目7-2
6 現状及び特色
  構造形式         桁行8間半、 梁間5間、木造2階建、入母屋造、桟瓦葺
7 製作年代         弘化3年(1846)
8 概要

  仙鳥館(せんちょうかん)(仙鳥御屋形)は、元禄11年(1698)、吉川家5代藩主広逵(ひろみち)の 住居として建設され、同年11月20日、2歳の広逵は母と共に完成した屋形に移居している。
以後、明和5年 (1768)から7年かけて、書院の改築など大規模な改造が行われている。
現在の建物は、弘化3年(176 8)建築のものであり、既存の建物を解体し、その跡に本建物を建設したとされる。
その後は、激しい改造もな く、江戸時代の大名関連の遺構として貴重である。

(以下略)


2011年度 『博物館研究』
年末から正月にかけて、2011年度の『博物館研究』をもう一度開いてざっとながめる。
各号の特集記事をメモしておこう。

 1月号  博物館とインターネット
 2月号  イコム上海大会              ★イコムは、国際博物館会議のこと。
 3月号  第58回全国博物館大会報告
 4月号  平成21年度博物館園数関連統計
 5月号  平成22年度新館紹介・施設概要
 6月号  平成22年度研究協議会報告
 7月号  資料保存の実践
 8月号  生きている動植物の輸送
 9月号  東日本大震災における博物館の対応
10月号  地域と博物館
11月号  子ども向けプログラム
12月号  博物館法制定60周年



金襴について(2)
当館の切(きれ)手本、86枚を見ていると、金襴のほかに銀襴、繻珍、緞子などの語句がある。

ところで、『繻珍」というのは、繻子(しゅす)の地に色糸で模様を織り出した織物である。
そして繻子は表面に縦糸または横糸を浮き立たせた、つやのある絹織物のことである。
また、「純子」の語句もでるが、これは「緞子(どんす)」と同じことである。

 わが国の江戸時代に花開く伝統的な染織工芸のほとんどは、金襴はじめとして、繻珍、緞子、倫子の技術は中国から輸入された。
また、更紗や縞・絣織物はインドや東南アジアから、さらに天鵞緞や羅紗はヨーロッパから輸入された。

 この切(きれ)手本の右肩には一行書きがある。
例えば「唐白地本手金入一尺金五両切程」などとある。
この織物が中国から渡来したもので、反物一尺の長さが金五両であったことを示すと考えられる。
一尺とは30センチ位であるから、いかに値段の高いものであったかがわかる。

 (参考文献)『日本の美術 220号ー金襴(金襴)ー 小笠原小枝 編』(至文堂 昭和59年9月発行)




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