吉川史料館・館長日記
吉川史料館・館長の藤重豊が日頃思うことや歴史などについて書きます。
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 三井記念美術館を訪ねる
          

この美術館は日本橋の三越百貨店本店に隣接している。いま「三井家伝来 能面と能装束―神と幽玄のかたちー」を催していた。パンフレットに『当館所蔵の重文能面(旧金剛宗家伝来)に、能装束や能の小道具などを「神と幽玄のかたち」という切り口で展示いたします。神の化身としての翁面、荒ぶる神々としての鬼神面、霊界にさまよえる幽霊の面。また、装束や小道具に表された文様の意味などに迫ります。』とある。

 私などは能や狂言を、日常生活のなかで身近に馴染むような環境に住んでこなかったのであるが、日本の文化を理解するには重要なことはわかっている。

 この美術館が所蔵する能面54面が、平成20年に一括して国の重要文化財に指定された。これらの能面は「中世にまで遡る大和猿楽四座の一つ坂戸座の流れを汲んだ金剛流に伝わった能面で、昭和10年に、金剛家右京氏より三井家(北家)の三井八郎右衛門(高公)氏が譲り受けたものである。以来、北三井家の蔵に秘蔵されてきたが、昭和59年に同家より財団法人三井文庫が寄贈を受けた。」という。

 望みうる最高の能面、すなわち金剛流の能面54面が一度に観覧できるのであるから、これほどの幸運はない。いいものを観た。

 初期の能面には能面師が自分の名前を彫ったり、墨書することがなかったようである。面の裏に金泥で名前が書かれているのがあるが、それが何時書かれたものかは検討が必要であろう。

 ところで、もう20年位以前の話になるが、私が錦川上流域の神楽の調査をしていた時に、神楽面の裏に、出目某と墨書してあるのに出くわすことがあった。その彫り師がだれであろうかといろいろ調べたが確定はできなかった。ただ越前から出た彫り師で出目を名乗る一党がいたことは知った。

 今回展示された能面をみると、№11、№13、№35の面の裏には、出目満照作の金泥銘が書かれている。出目系統の初代とされている人物である。中途で放置してしまったあの当時のなぞの解明に、もう一度挑戦してみたい気持ちが燃え立ってくる。


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